「単焦点レンズを買えば、背景がキレイにボケた、あの“エモい”写真が撮れるはずだった…」
そんな期待を胸に、少し勇気を出して手に入れた初めての単焦点レンズ。
しかし、実際にカメラにつけてファインダーを覗いてみると、
- 「あ、ちょっと遠いな…」と思ってズームリングを探すけど、ない。
- 仕方なく自分が動いてみたけど、思った通りの構図にならない。
- 開放F値(F1.4とかF1.8とか)で撮ってみたら、ボケすぎて何が主役か分からない。
- それどころか、ピントが合っているはずなのに、なぜか全体的にシャープじゃない。
- 暗い場所で撮っても、結局ブレてしまう…。
「もしかして、私には才能がないのかも…」
「単焦点レンズって、実はすごく難しいんじゃないか…?」
そんな「単焦点レンズ、使いこなせない…」という悩みを抱えて、せっかくのレンズが防湿庫で眠ってしまっていませんか?
わかります、その気持ち。何を隠そう、私自身もそうでした。
初めて50mm F1.8のレンズを買った日、嬉しくてすぐに公園に撮りに行ったのですが、撮れた写真のほとんどがピンぼけか、何を撮りたかったのか分からない写真ばかり。
結局、怖くなっていつものズームレンズに戻してしまった苦い経験があります。
でも、安心してください。
その悩みは、あなたの才能の問題では決してありません。
それは単に、私たちが慣れ親しんだ「ズームレンズの常識」という便利な物差しで、単焦点レンズという「まったく別の道具」を使おうとしていることから生じる、「思考のズレ」が原因なんです。
この記事では、あなたが今まさに抱えている10個の具体的な悩みを一つひとつ丁寧に解きほぐし、単焦点レンズの本当の楽しさと、その秘められた実力を120%引き出すための「思考の転換法」と「具体的なテクニック」を、専門用語をできるだけ噛み砕いて、私の経験も交えながらじっくりと解説していきます。
この記事を読み終える頃には、「使いこなせない」という不安が「なるほど、そういうことか!」という納得と、「明日、もう一度あのレンズで撮ってみよう」というワクワクに変わっているはずです。
この記事のポイント
・単焦点が使いこなせない最大の原因は「ズームレンズの便利さ」を基準にしていること
・「足ズーム」は面倒な移動ではなく、背景と構図を最適化する「積極的な選択」
・ボケは「主役を引き立てる脇役」であり、ボケさせすぎは意図のない失敗写真
・開放F値でのピントの浅さは「仕様」であり、意図的に絞る勇気を持つ
・焦点距離(画角)の感覚は、一本のレンズをとことん使い込むことでしか掴めない
・暗所性能は「F値・SS・ISO感度」の三角関係で考える
・表現のマンネリは「絞り値」と「被写体との距離」を変えるだけで脱却可能
なぜ単焦点レンズを「使いこなせない」と感じるのか?
最大の理由:ズームレンズの「便利さ」を捨てきれていない
私たちが単焦点レンズを「使いこなしにくい」と感じてしまう、たった一つの根本的な理由。
それは、私たちが「ズームレンズの便利さ」にあまりにも慣れすぎているからです。
ズームレンズは、例えるなら「万能なツールナイフ」のようなもの。
一本持っていれば、広くも撮れるし、遠くも引き寄せられる。極端な話、撮影者はその場から一歩も動かなくても、ある程度の「それっぽい写真」を撮れてしまいます。これは本当に素晴らしいことです。
しかし、単焦点レンズは「切れ味抜群の、専用包丁」です。
例えば、マグロを捌くための柳刃包丁で、カボチャを切ろうとしたらどうでしょう? ものすごく使いにくいですし、最悪の場合、刃が欠けてしまうかもしれません。
単焦点レンズが要求してくるのは、ズームレンズとはまったく逆のこと。
それは、「ズームできない」という「不便さ」をまず受け入れること。そして、その不便さを補うために、撮影者自身が能動的に動くことです。
ズームリングをただ回すだけの「受動的な撮影」から、
「このレンズで撮るためには、自分はどこに立つべきか?」
「この距離からだと、背景はどう写るか?」
と、自分の体と頭を使って考える「能動的な撮影」へ。
この「思考の転換」こそが、単焦点レンズを使いこなすための、最も重要で、最初の一歩なんです。
この「ズーム脳」から「単焦点脳」への切り替えがうまくいかないことこそが、「単焦点レンズが使いこなせない理由」の核心にあるのです。
【悩み別】単焦点レンズを使いこなすための10の処方箋
それでは、あなたが抱える具体的な10個の悩みに、一つひとつ寄り添いながら、具体的な処方箋(解決策)を見ていきましょう。
処方箋1:「足ズームが面倒」の罠。”歩く”ことでしか得られないもの
悩み:「思った構図にするために、毎回足で移動するのが面倒で、結局ズームレンズに戻してしまう」
これは、単焦点レンズを手にした誰もが最初にぶつかる、最大の壁ですよね。
「あ、もうちょっと広く撮りたい…」で、後ろに下がったら壁。「あ、もうちょっと寄せたい…」で、前に出たら溝。本当にイライラします。
でも、ここで一つ、とても大切な意識改革があります。
私たちが面倒だと感じている「足ズーム(=歩くこと)」は、実は単なる「ズームリングの代用」ではない、ということです。
ズームレンズのズームリングを回すのは、例えるなら「写真の上で、切り取る範囲を変えているだけ」です。被写体と自分(カメラ)との距離は変わらないので、背景との関係性も変わりません。
しかし、「足ズーム」で私たちが一歩前に出たり、一歩後ろに下がったりすると、何が変わるでしょうか?
- 被写体との「距離」が変わる
- 被写体と「背景」との距離の「比率」が変わる
この2つ目が非常に重要です。
専門用語で「パースペクティブ(遠近感)」や「圧縮効果」と呼ばれるものですが、難しく考える必要はありません。
例えば、公園にいるお子さんを撮るとします。
- ズームレンズ(広角側)で近づいて撮る:お子さんは大きく、背景の公園は広く遠くに見えます(遠近感が強調される)。
- ズームレンズ(望遠側)で遠くから撮る:お子さんと背景の公園が、ギュッと近づいて見えます(圧縮効果)。
単焦点レンズで「足ズーム」をするということは、この「背景の写り方」と「被写体の大きさ」の最適なバランスポイントを、自分の足で探す行為なんです。
ズームリングを回すのは「画角」しか変えられませんが、私たちが歩くことは「画角(構図)」と「背景の整理」と「遠近感」を同時にコントロールする、非常にクリエイティブな作業なのです。
「面倒な移動」ではなく、「構図の最適解を探す、積極的な選択」である。
そう意識が変わるだけで、あなたの「一歩」は、面倒な作業から楽しい宝探しに変わりますよ。
処方箋2:「ボケさせすぎ」問題。主役が伝わるF値と背景のバランス
悩み:「ボケさせすぎて、何が主役か分からない写真ばかりになってしまう。背景をどこまで見せるべきか分からない」
これも、本当によくある悩みです。単焦点レンズの最大の魅力は「ボケ」だと思って買うわけですから、当然F値を一番小さく(F1.4やF1.8)して撮りたくなりますよね。
私もそうでした。「ボケこそ正義だ!」とばかりに、何でもかんでもF1.4で撮っていました。
でも、後から写真を見返すと、確かに背景はトロットロに溶けているんですが、「…で、これ、どこで撮ったんだっけ?」とか「カフェラテを撮ったはずが、泡の模様しか分からない…」という写真ばかり(笑)。
ここで気づくべきなのは、ボケは「目的」ではなく、あくまで「手段」である、ということです。
ボケの役割は、「主役を引き立てること」。
料理で言えば、「スパイス」や「付け合わせの野菜」のようなものです。
主役のステーキを美味しく見せるためにスパイスを振るのに、スパイスをかけすぎてステーキの味が分からなくなってしまったら、本末転倒ですよね。
大切なのは、「何を、どこまで見せたいか(伝えたいか)」を撮る前に決めることです。
- カフェで、カップのロゴだけを印象的に見せたい→ F1.8で主役にグッと寄る。背景は溶かしてもOK。
- カフェで、カップと、テーブルの素敵な木目も伝えたい→ 少し絞ってF2.8やF4にしてみる。
- カフェで、カップと、その向こうにある店内の雰囲気(例えば、窓から差す光とか)も伝えたい→ もっと絞ってF5.6やF8にしてみる。
「開放F値で撮らなきゃ損」という考えは、今すぐ捨ててしまいましょう。
単焦点レンズの本当の楽しさは、F1.4の強烈なボケから、F8の隅々までシャープな描写まで、「F値(絞り値)を自分で選んで、ボケの量を自由にコントロールできる」ことにあります。
主役と背景の「情報量のバランス」を取るために、あえてF4まで絞る勇気。
これこそが、脱・ボケさせすぎ写真への第一歩です。
処方箋3:「焦点距離の感覚」が掴めない。35mmと50mmの壁
悩み:「35mmや50mmといった焦点距離の違いによる『画角の感覚』がまだ掴めていない。撮影前に何をどう予測すれば良いのかわからない」
ズームレンズに慣れていると、「画角はファインダーを覗きながら決めるもの」という感覚が染み付いています。だから、単焦点レンズをつけてファインダーを覗いた瞬間、「あ、違った」となりがちです。
特に35mmと50mmは、「標準レンズ」と呼ばれる領域で、数字も近いため違いが分かりにくいですよね。
この「焦点距離の感覚(画角の感覚)」を掴む方法は、残念ながら近道はありません。
唯一にして最強の方法は、「一本のレンズだけをカメラに付けっぱなしにして、最低1ヶ月過ごしてみる」ことです。
「え、そんな修行みたいなこと…」と思われるかもしれません。
私も最初はそうでした。50mm一本で1ヶ月過ごすと決めた時、最初の1週間は、撮りたいものが思ったように撮れず、本当に苦痛でした。
- 風景を撮ろうとすれば、狭すぎる。
- テーブルフォトを撮ろうとすれば、下がりきれない。
しかし、2週間目を過ぎたあたりから、不思議な変化が起きます。
ファインダーを覗く前に、「あ、この距離感から、あの人を撮ったら、たぶん全身が入るな」とか「このテーブルの料理なら、椅子から立ち上がれば全部入るな」と、体が覚えていくんです。
そのレンズの「画角」が、自分の「視界」とシンクロしてくる感覚です。
- 35mm:カフェで、向かいに座った人の顔と、テーブルの上のカップくらいまでが自然に入る、少し広めの視界。
- 50mm:向かいの人の、胸から上くらいに自然と注目した時の視界。人間の「注視した時の視野」に最も近いと言われます。
- 85mm:向かいの人の、表情だけをグッと切り取る視界。
この感覚が一度身につけば、レンズ交換が格段に早くなります。「あ、このシーンは35mmの距離感だな」と、瞬時に判断できるようになるからです。
だまされたと思って、あなたのお気に入りの一本を、まずは1ヶ月、カメラの「キャップ」だと思って過ごしてみてください。世界の見え方が変わってきますよ。
処方箋4:「開放F値でのピント外し」多発。被写界深度の真実
悩み:「F1.4などで撮ると、ピントが合っているはずなのに、被写体のごく一部しかシャープにならず、失敗写真が多くなるのはなぜか」
これは、単焦点レンズの「明るさ」と「ボケ」に魅了された人が、必ず通る道です。
そして、ここで挫折してしまう人が本当に多い。
「カメラのAF(オートフォーカス)はピッと鳴ったのに!」「ピントが合っている緑の枠も出たのに!」…なぜか、後でPCで見たら目がボケていて、代わりに鼻の頭や、手前のまつ毛だけが恐ろしいほどシャープに写っている…。
私も、子供の写真を撮って、目にピントを合わせたつもりが、手前のほっぺたにピントが来ていて、肝心の目がボケていた…という失敗写真を山ほど量産しました。
この原因は、あなたのカメラの故障でも、ピント合わせが下手なわけでもありません。
これは、F1.4やF1.8といった「明るいF値」が持つ、「被写界深度(ひしゃかいしんど)が極端に浅い」という「仕様」です。
「被写界深度」とは、簡単に言えば「ピントが合っているように見える範囲」のこと。
F値を絞る(F8やF11にする)と、この範囲は広くなります(手前から奥までピントが合う)。
逆に、F値を開ける(F1.4やF1.8にする)と、この範囲は衝撃的なほど薄くなります。
F1.4で人物の顔に寄った時、ピントが合う範囲は、文字通り「紙一枚」とか「数ミリ」しかない、と思ってください。
だから、「まつ毛」にピントが合えば、「瞳」や「耳」はもうボケている。
これがF1.4の世界なんです。これは「失敗」ではなく、そういう「仕様」なのです。
では、どうすれば失敗を減らせるか?
- AFエリアモードを「1点AF」や「瞳AF」にするカメラ任せの「ワイドAF(自動でピント位置を決めるモード)」では、カメラが「一番手前にあるもの(=鼻やまつ毛)」にピントを合わせてしまいます。必ず、ピントを合わせたい場所を自分で指定できる「1点AF」や、人物なら「瞳AF(瞳を自動検出する機能)」を使いましょう。これが一番大事です。
- ピントを「点」ではなく「面」で意識する「瞳の黒目」という「点」に合わせるのではなく、「両目と鼻を含む顔の平面」という「面」に合わせる意識を持ちます。被写体が少しでも前後に動いたら、ピントが合う「面」もズレるため、シャッターを押す瞬間に息を止めるくらいの集中力が必要です。
- (最終手段)あえて少し絞る処方箋2とも繋がりますが、F1.4で撮るのが難しいなら、F2やF2.8まで少し絞ってみましょう。それだけでピントが合う範囲が少し広くなり、失敗は劇的に減ります。ボケ味も十分キレイなままです。
F1.4の世界は、非常に美しく、同時に非常にデリケートな世界。その「薄さ」を理解し、手なずけていくプロセスこそが、単焦点レンズの醍醐味の一つです。
処方箋5:「表現のマンネリ化」の脱出法。レンズの個性を引き出す
悩み:「いつも似たような写真ばかりになってしまい、『個性を活かした表現』の引き出しが増えない」
これも「単焦点あるある」ですね。
「開放F値で」「被写体を真ん中に置いて(日の丸構図で)」「背景をボカす」…この「必勝パターン」に頼りすぎて、気づけば全部同じような写真になってしまう。
私も、「またこのパターンだ…」と自分の写真に飽きてしまった時期がありました。
このマンネリ化の原因は、単焦点レンズの持つ「個性」を、「開放F値のボケ」だけだと思い込んでいることにあります。
単焦点レンズの個性は、それだけではありません。
「絞った時のシャープさ」「最短撮影距離まで寄った時の描写」「逆光時の光の捉え方(フレアやゴースト)」など、もっとたくさんの魅力が詰まっています。
このマンネリを脱出するための、簡単な3つの「引き出し」を紹介します。
- 「あえて絞る」遊び(F8〜F11の世界)いつもF1.8で撮っているレンズで、あえてF8やF11までギュッと絞って、風景や街並みを撮ってみてください。きっと「え、同じレンズ!?」と驚くはずです。ズームレンズとは比較にならないほど、画面の隅々までキリッと解像した、シャープな世界が広がっています。単焦点レンズの「解像感の高さ」は、絞った時にこそ真価を発揮するものも多いのです。
- 「極端に寄る/引く」遊び(距離感の実験)いつも同じ距離感で撮っていませんか? そのレンズが持つ「最短撮影距離(一番寄れる距離)」を調べて、ギリギリまで被写体に寄ってみましょう。花びらの質感や、コーヒーカップの湯気など、普段見えない世界が写ります。逆に、処方箋1の「足ズーム」を使い、被写体から思い切り引いて、「点景(風景の中の点として人を配置する)」のように撮ってみるのも面白いですよ。
- 「前ボケ」を入れる遊び背景をボカすだけでなく、「前ボケ」も意識してみましょう。手前に草花や、色とりどりのビー玉、イルミネーションなどを配置し、それをわざとボカすことで、主役の被写体(例えば奥にいる人物)を際立たせるテクニックです。ガラス越しに撮ったり、雨の日の窓ガラス越しに撮ったりするのも、表現の幅を広げてくれます。
「F値」と「被写体との距離」と「前ボケ」。
この3つを意識的に変えるだけで、あなたの写真の引き出しは一気に増えていきます。
処方箋6:「明るさ」を活かせない。暗所撮影でブレてしまう
悩み:「明るいレンズなのに、暗い場所で撮ると結局ブレてしまう。F値とシャッタースピードの最適な組み合わせが分からず、宝の持ち腐れ感がある」
「F1.8の明るいレンズがあれば、夜景や室内の暗いカフェでもバッチリ!」…そう思っていたのに、実際に撮ってみたら、ブレブレの写真ばかり。
「話が違うじゃないか!」と叫びたくなりますよね。
私も、水族館でF1.8レンズを使った時、「明るいから余裕だろう」と何も考えずに撮ったら、泳ぐ魚がすべて「光の線」になっていたことがあります(笑)。
ここで、非常に重要な事実をお伝えしなければなりません。
それは、「明るいレンズ(F値が小さい)」=「ブレないレンズ」ではない、ということです。
写真は、「F値(光の通り道の太さ)」「シャッタースピード(光を取り込む時間)」「ISO感度(光を感じる強さ)」という、3つの要素の「掛け算」で明るさが決まります。
これを、よく「バケツに水を入れる」ことに例えられます。
- F値:蛇口の「太さ」(F1.8は太い蛇口、F11は細い蛇口)
- シャッタースピード:水を「出している時間」(1/1000秒は一瞬、1秒は長く出す)
- ISO感度:バケツの「大きさ(感度)」。(ISO100は大きなバケツ、ISO6400は小さなコップ。すぐ満タンになる=高感度)
暗い場所で撮る時、F値をF1.8(蛇口全開)にしたとします。
それでも光の量が足りない場合、カメラは「適正な明るさ(バケツ一杯)」にするために、自動的に「シャッタースピード(水を出す時間)」を遅くします。
例えば、「1/10秒」とか「1/5秒」とか。
この「1/10秒」の間、あなたがカメラを微動だにせず持っていられればブレませんが、人間ですから、わずかに動いてしまいます。これが「手ブレ」です。
(被写体が動けば「被写体ブレ」になります)
では、どうすればよかったのか?
F値はF1.8で全開。シャッタースピードはブレない限界(例えば1/60秒)にしたい。
でも、それでは暗すぎる(バケツの水が足りない)。
答えは、「ISO感度(バケツの大きさ)」を変えることです。
ISO感度を100から、800、1600、3200へと上げていく(=小さなコップに変えていく)のです。
そうすれば、同じF1.8・SS1/60秒でも、写真は明るくなります。
「ISOを上げるとノイズ(ザラザラ)が出るから嫌だ」という方も多いです。
でも、ブレてしまった写真は、もう二度と元には戻せません。
しかし、最近のカメラは非常に優秀で、ISO3200や6400程度なら、ノイズは出てもディテールはしっかり残っています。
ブレた失敗写真より、少しノイズがあってもクッキリ止まっている写真の方が、何倍も価値があります。
明るいレンズの本当のアドバンテージは、「ISO感度をむやみに上げなくても、適正な明るさを稼ぎやすい」という点にあります。
F値を開放にし、ブレないシャッタースピードを確保し、それでも暗ければ、ISO感度を上げることを恐れない。
これが、暗所撮影を制するコツです。
処方箋7:「ズームとの違い」が分からない。解像感と立体感とは?
悩み:「単焦点で撮った写真が、ズームレンズと比べてどう具体的に優れているのか(立体感、解像感など)が明確に判断できない」
「単焦点は画質が良い」「立体感が違う」「ヌケが良い」…
そんなレビューを見て買ったのに、「うーん、言われてみれば、そうかも…?」くらいの違いしか感じられない。
下手したら、「ズームレンズの方が便利だし、画質もこれで十分じゃない?」と感じてしまうことさえあります。
私も最初は、正直よく分かりませんでした。
特に、カメラの背面液晶や、スマホの小さな画面で見ているだけでは、その「違い」はほとんど分からないものです。
単焦点レンズの強みである「画質」とは、具体的に何を指すのでしょうか。
- 解像感(シャープさ)被写体のディテール、例えば人物の髪の毛一本一本や、葉っぱの葉脈までが、どれだけクッキリと緻密に描かれているか。
- ヌケの良さ(透明感)例えるなら、「ピカピカに磨き上げた窓ガラス」を通して景色を見ているような、クリアで透明感のある写り。ズームレンズは構造上、レンズ枚数が多いため、どうしても少し霞(かすみ)がかったように写ることがあります。
- ボケの質単にボケるだけでなく、「どうボケるか」です。とろけるように滑らかにボケるか、少しザワザワとした(二線ボケなど)ボケ方をするか。単焦点レンズは、この「ボケの美しさ」にこだわって設計されているものが多いです。
- 立体感ピントが合った面から、ボケていく背景までの「グラデーション」が滑らかで自然なため、主役がフワッと浮き上がって見えるような感覚。これが立体感に繋がります。
これらの違いを実感するには、少し意地悪な「比較テスト」をしてみるのが一番です。
【比較テストの方法】
- 晴れた日に、屋外で何かディテールのあるもの(例えば、木の幹や、レンガの壁、雑誌の表紙など)を撮ります。
- ズームレンズ(例えば、キットレンズの50mm域)と、単焦点レンズ(50mm)を用意します。
- 三脚にカメラを固定し、両方のレンズで、まったく同じ設定で撮り比べます。
- 同じ焦点距離(例:50mm)
- 同じF値(例:F5.6やF8など、両方のレンズが持つF値に合わせる)
- 同じISO感度(例:ISO100)
- 撮った写真をPCに取り込み、ディスプレイいっぱいに「等倍表示(100%表示)」して見比べます。
どうでしょうか?
おそらく、単焦点レンズで撮った写真の方が、木の幹の皮の質感や、レンガの表面のザラザラ感、雑誌の文字のクッキリ感が、明らかにシャープに写っているはずです。
この「差」を知ってしまうと、もうズームレンズには戻れない…という「単焦点沼」が待っているのですが、まずは一度、その「実力の差」をご自身の目で確かめてみてください。
処方箋8:「持ち運びの手間」問題。ズーム1本 vs 単焦点複数
悩み:「ズームレンズ一本で済ませられるのに、単焦点を複数持ち運ぶメリットが手間を上回らない気がしてしまう」
これは、実用面での大きな悩みですよね。
特に旅行の時など、「広角も標準も望遠も欲しい…でも単焦点で揃えたらレンズ3本になる…重いし、レンズ交換も面倒だ…」と、結局ズームレンズ1本を選んでしまう。
私も、旅行前のパッキングでは毎回、10分くらいカメラバッグの前で腕組みして悩んでいます(笑)。
この「手間」を上回るメリットは、何でしょうか?
- 圧倒的な画質と表現力(処方箋7)これは既にお話しした通りです。「決定的な一枚」を撮りたいなら、単焦点レンズに軍配が上がります。
- (意外な)小型軽量化「レンズ3本=重い」というのは、実は思い込みかもしれません。例えば、F2.8通しのいわゆる「大三元ズームレンズ」は、1本で1kg近い重さになることもザラです。一方で、「撒き餌(まきえ)レンズ」と呼ばれるような、F1.8の小型・軽量な単焦点レンズ(35mm, 50mm, 85mmなど)は、1本200g程度のものも多いです。3本合わせても600g。「ズーム1本より、単焦点3本の方が軽い」という逆転現象も、組み合わせ次第では十分にあり得るのです。
- 「制約の楽しさ」という価値観これが、単焦点レンズを使いこなす上で、私が一番大切にしているマインドセットかもしれません。複数のレンズを持ち運ぶのが面倒なら、「今日はこの1本で撮る」と決めて、カメラとレンズ1本だけを持って出かけるんです。例えば、「今日は50mmの日」と決めたら、撮れるものは50mmの画角で撮れるものだけ。広い風景が撮れなくても、遠くの鳥が撮れなくても、いいんです。その代わり、「この50mmの画角で、何をどう切り取ったら面白いか?」と、自分の頭と足をフル回転させることになります。この「あえて不便な状況に身を置く」こと、この「制約」こそが、あなたの写真の「型」を破り、新しい視点を見つけるための、最高のトレーニングになるのです。「何でも撮れる」ズームレンズの安心感を手放し、「これでしか撮れない」単焦点レンズの緊張感を楽しむ。この「不便益」とも言える価値観に気づくと、持ち運ぶ手間は、上達のための「楽しい投資」に思えてきますよ。
処方箋9:「被写体との距離感」が掴めない。一歩の壁
悩み:「撮りたいと思ったときに、一歩下がると壁があったり、一歩前に出ると近すぎたりと、最適な撮影距離を見失うことが多い」
「あ、今の表情、素敵!」と思ってカメラを構えたら、近すぎた。
「このカフェの雰囲気、全部入れたい!」と思ったら、後ろに下がりきれず、壁に背中が激突…。
これも、処方箋1(足ズーム)や処方箋3(焦点距離の感覚)と深く関連する悩みですね。
ズームレンズならその場でリングを回せば解決することが、単焦点では物理的な「壁」によって阻まれてしまう。
この問題を解決するには、2つのアプローチがあります。
- アプローチA:レンズの「癖」を体で覚える(処方箋3の深掘り)「このレンズは、このくらいの距離感が一番おいしく写る」という「得意な距離」と、「これ以上は寄れない」という「最短撮影距離」を、体で覚えることです。「最短撮影距離」は、レンズ本体や側面に「0.45m」や「0.8m」のように必ず書いてあります。まずは、その数字を確認するクセをつけましょう。「この50mmレンズは、45cmまで寄れるんだな」と知っているだけで、「これ以上寄ってもピントは合わない」という判断が瞬時にできます。そして、何度も使っているうちに、「この35mmレンズは、テーブルフォトにはちょっと広いけど、カフェの店内全体を撮るには最適だな」といった「得意な距離」が、肌感覚として分かってきます。
- アプローチB:撮るものを変える(発想の転換)こちらが、より実践的な解決策です。「引けないなら、寄る。全体が撮れないなら、部分を撮る」という発想の転換です。例えば、カフェで、テーブルに運ばれてきた素敵なランチプレート全体を撮りたい、と思ったとします。でも、後ろが通路で、これ以上引けない。ズーム脳だと「あー、撮れない、残念」で終わりです。しかし、単焦点脳ではこう考えます。「OK、全体像は諦めよう。その代わり、このレンズは寄れるから(最短撮影距離を知っている)、思い切ってメインディッシュの肉汁が滴る瞬間だけをクローズアップしよう」「あるいは、湯気が立ち上るスープのカップだけを切り取ろう」壁があって引けない時、それは「全体像を諦めて、もっと魅力的な『部分』を探せ」という、レンズからのメッセージなのです。
撮りたいものが撮れない状況を嘆くのではなく、その状況で「撮れるもの」の中から、どう切り取れば面白くなるかを考える。この思考の柔軟性こそが、単焦点レンズを使いこなす鍵となります。
処方箋10:「MFレンズ」のピントが合わないストレス
悩み:「MFの単焦点レンズを使っているが、拡大表示やピーキングを使っても、AFレンズのような確実なピント合わせができずストレスを感じる」
オールドレンズや、一部のMF(マニュアルフォーカス)専用レンズ。
AFレンズにはない、独特の「とろけるようなボケ」や「淡い色合い」に憧れて手に入れたものの、とにかくピントが合わない。
「ピーキング(ピントが合った部分に色が付く機能)」を使っても、どこがジャストピントか分かりにくい。「拡大表示」をしたら、今度は被写体を見失う…。
私も、憧れのオールドレンズを買ったはいいものの、あまりのピントの合わなさに、1日で心が折れかけた経験があります(笑)。
まず大前提として、AFレンズの「効率」と「正確さ」を、MFレンズに求めるのは、少し酷な話です。MFレンズは、その「ピントを合わせるプロセス(行為)そのものを楽しむ」という、趣味性の高い道具です。
もし、あなたが「子供の運動会で、走る姿を確実に撮りたい」というのであれば、迷わずAFレンズを使うべきです。
その上で、MFレンズのピント精度を少しでも上げるためのコツをいくつか紹介します。
- ピーキングの色と感度を見直すピーキング機能は、設定で「色」や「強さ(感度)」を変えられます。例えば、緑豊かな公園で撮るなら、ピーキングの色は「緑」以外(赤や黄色など)に設定しないと、どこにピントが合っているか見えません。被写体や背景の色に応じて、最も目立つ色に変えるクセをつけましょう。
- 拡大表示を活用する(でも頼りすぎない)静物(花や料理など)を撮る時は、拡大表示は最強の武器です。しかし、動くもの(人や動物)を撮る時に拡大すると、構図全体が見えなくなってしまいます。そういう時は、拡大せずに「ピーキング」と「次の3番目の感覚」を信じます。
- 「ボケの頂点」を探す感覚を養うこれがMFの極意ですが、ライブビューやEVF(電子ビューファインダー)で、ピントリングをゆっくり回してみてください。「ボケている」→「少しシャープになってきた」→「一番くっきりシャープに見える瞬間(頂点)」→「行き過ぎて、またボケる」という変化が必ずあります。この「一番シャープになる頂点」を、ピーキングの色だけに頼らず、被写体の「輪郭」や「コントラスト」が最も高くなる瞬間として、目で覚える訓練が必要です。
MFレンズは、AFレンズのような「100発100中」を目指すレンズではありません。
「10枚撮って、1枚、奇跡のようなピントとボケの写真が撮れた」
その「1枚」に出会うためのプロセスを楽しむ。そんな、少し気長な付き合い方ができると、MFレンズは最高の遊び道具になってくれますよ。
単焦点レンズを「最高の相棒」にするためのステップ
さて、ここまで10個の悩みを一つひとつ見てきました。
「頭では分かったけど、何から始めれば…」という方のために、今日からできる簡単な3つのステップをご紹介します。
ステップ1:まずはお気に入りの「1本」を決め、付けっぱなしにする
処方箋3や8でもお話しした通り、まずは「この子と一蓮托生だ」と決めたレンズを1本選び、カメラのキャップだと思って付けっぱなしにしてください。
画角は、あなたの生活スタイルに合うもので構いません。室内やカフェでの撮影が多いなら35mm、オールマイティに使いたいなら50mmが良いスタートになるでしょう。
ステップ2:絞り優先モード(A/Av)で「F値を変える遊び」を徹底的に行う
カメラの撮影モードを「A」または「Av」(絞り優先オート)に設定します。
これは、「F値だけを自分で決めれば、シャッタースピードやISO感度はカメラが自動でやってくれる」という便利なモードです。
散歩をしながら、何か撮りたいもの(例えば、公園のベンチ)を見つけたら、
- まず、F1.8(一番明るい値)で撮ってみる。
- 次に、F4まで絞って撮ってみる。
- 最後に、F8まで絞って撮ってみる。
この「同じ被写体・同じ構図で、F値だけを変えて3枚撮る」という練習を繰り返してみてください。
F値を変えると「ボケの量」がどう変わるか、「ピントの合う範囲」がどう変わるかが、劇的に良く分かります。(処方箋2, 4, 5, 6の総復習になります)
ステップ3:自分の「型」を見つける(得意な構図、得意な距離感)
ステップ1と2を繰り返していくうちに、必ず「あれ、自分はこのレンズで、このくらいの距離から、このF値で撮るのが一番しっくりくるな」という「自分の型(スタイル)」が見つかってきます。
それが、あなたがそのレンズを「使いこなした」という証拠です。
そこまで行けば、もうズームレンズの便利さに惑わされることはありません。そのレンズは、あなたにとって「万能ナイフ」ではなく、かけがえのない「最高の相棒」になっているはずです。
単焦点レンズが使えこなせない理由まとめ
まとめ
・「単焦点レンズが使いこなせない理由」は、才能ではなく「ズーム脳」のまま使っているから
・ズームは「画角を変える」、足ズームは「背景と主役の関係性を変える」行為
・ボケは主役を引き立てる手段、ボケさせすぎはNG、絞る勇気を持つ
・開放F値のピントは「紙一枚」の薄さと知り、瞳AFや1点AFを活用する
・焦点距離の感覚は「1本付けっぱなし」で1ヶ月過ごし、体で覚える
・暗所でのブレは「F値・SS・ISO」の三角関係で考え、ISOを上げることを恐れない
・マンネリは「絞る」「寄る/引く」「前ボケ」で脱出する
・ズームとの画質の違いは「等倍比較」で実感する
・持ち運びの手間は「制約の楽しさ」というマインドセットで乗り越える
・物理的に引けない時は「全体」を諦め「部分」を切り取る発想を持つ
単焦点レンズは、私たちに「不便さ」を強いてきます。
しかし、その不便さを受け入れ、自分の頭と足を使って「どう撮るか」を能動的に考え始めた瞬間から、あなたの写真表現は、ズームレンズを使っていた時とは比べ物にならないほど、深く、豊かになっていきます。
レンズの「制約」を「個性」として楽しむ。
まずは、防湿庫で眠っているあのレンズをカメラに取り付けて、一緒に散歩に出かけてみませんか?
きっと、昨日までとは違う世界が見えてくるはずですよ。